武内和久(ミソシラー)経歴!なぜ厚生労働省を辞めて味噌汁の世界へ?【マツコの知らない世界】

おもしろ一般人




こんにちは!macoです^^

 

10/27のマツコの知らない世界に、

元厚生労働省の官僚だった

たけうち和久(武内和久)さんが登場します!

 

なぜか厚生労働省の官僚を辞めて、

現在は味噌汁の世界にハマっている謎のお方∑(゚Д゚)

 

なぜ官僚を捨ててまで味噌汁の世界にハマっているのか?

 

気になったので

たけうち和久(武内和久)さんの経歴やプロフィール、

厚生労働省を辞めた理由

を見てみましょー♪

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たけうち和久(武内和久)wiki風プロフィール

ご本人のTwitterから引用

■profile■
名前:たけうち和久(武内和久:たけうちかずひさ)
生年月日:1971年4月19日
年齢:49歳(2020年月現在)
出身:福岡県福岡市西区姪浜
学歴:留米大学附設中学校→久留米大学附設高校→東京大学法学部
趣味:味噌汁作り、日本酒、寿司作り

お名前を検索すると『竹内和久』と入れる方も多いみたいですが、

正しくは『武内和久』さんですね!

 

たけうち和久さんは、 元厚生労働省の官僚であったのに、

現在は味噌汁大好き『ミソシラー』として活動しているという、

なんとも異色なお方(゚Д゚)

 

しかも出身高校の久留米大学附設高校は76と

福岡県ではトップで全国でも11位、

東大の法学部出身という 超高学歴で、

厚生労働省で官僚を務めていた超すごいお方なんですよね。

厚生労働省時代の経歴

そんなたけうち和久さんの厚生労働省時代の経歴はこちら↓

●1994年 
厚生労働省に入省。
医療/介護/福祉/子育て/年金/雇用分野を中心にキャリアを積む。
医政局、老健局、社会・援護局、年金局、 職業安定局、
大臣官房等にて社会保障全般の政策の企画立案を担当。

●2001年-2005年 
米国ワシントンEBRI客員研究員。
米国のシンクタンクで医療・年金制度の研究。 

●2005年-2008年 
在英国日本国大使館(在ロンドン)一等書記官。
外交官として、医療・福祉・年金分野を担当し、
英国の政策の情報収集と分析、感染症問題など
国際的連携が求められる分野での日英間の交渉等に従事。

●2009年 
厚生労働省年金局総務課(政策調整委員)

●2010年 
厚生労働省医政局総務課(政策調整委員)

●2011年-2013年
マッキンゼー&カンパニー(エキスパート・コンサルタント)
地域からの医療改革を手がけることを目的に出向。
官民連携のプロジェクトに従事。改革派知事らとの連携にて、
地方自治体での医療福祉改革を手がける。

●2013年-2015年 
厚生労働省 社会・援護局福祉基盤課 (材確保対策室長 )。
「保険医療2035」策定懇親会委員。

https://pando.life/から引用

 

主に医療・福祉関係全般でご活躍されていたんですね!

その功績が認められて、

厚生労働省の福祉人材確保対策室の室長も経験されています^^

 

その後、厚生労働省を2015年に退職されて、

様々なコンサルタント会社に勤務されていきます。

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厚生労働省を退職後の経歴

厚生労働省を退職後の経歴はこちら。

●2015年 
アクセンチュア(ヘルスケア部門統括マネジング・ディレクター)
厚生労働省参与、福岡市政策参与、北九州市政策アドバイザー、
東京大学医学部非常勤講師

●2016年 
麻生教育サービス株式会社 顧問就任

●2017年 
マッキンゼー&カンパニー 
シニアクライアントアドバイザー就任

●2018年 
九州朝日放送「シリタカ!」「アサデス。」コメンテーター

●2019年 
福岡県知事選に出馬。副総理兼財務大臣の麻生太郎、
参議院議員大家敏志の後押しを受け自由民主党から推薦を受けたが、
現職の小川洋に90万票以上の差をつけられ落選。

●現在 
ONE・福岡株式会社 代表取締役。福岡歯科大学客員教授。
慶応義塾大学医学部講師。医療法人、社会福祉法人、企業の顧問多数。

 

厚生労働省を退職されたあとは、

マッキンゼー・アクセンチュアなど

世界大手のコンサル会社で勤務されています。

 

またコンサルを経験後、

福岡県知事に立候補をしています。

 

残念ながら落選されてしまっていますが、

現在でも福祉介護の観点からONE・福岡株式会社の

代表取締役として活動されています( ・ᴗ・ )

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たけうち和久(武内和久)はなぜ厚生労働省を辞めたの?

厚生労働省の官僚というエリートを44歳で辞めた、

たけうち和久さん。

 

一般的にはまだまだ働き盛りで、

地位も高くて年収も1000万円以上は確実にいってたであろうに、

なぜ辞められたのでしょうか?

 

その理由は、

厚労省時代から歯がゆい思いをしていたから

だったそうです。

 

厚生労働省にいた時の仕事のことを、

官僚の仕事は、突き詰めて言えば、「リスクを避けるために、できない理由を洗い出す」こと。他方、政治家は、「リスクを取って決断し、できる理由を説いていく」のが仕事。両方が協働することは必要ですが、その発想は真逆であること https://www.m3.com/から引用

このギャップに歯がゆい思いをしていたのでしょうね。

 

決まったことを実際に行動に移すのは現場であって、

その現場の人達がみんな専門的知識を持つわけではなかったこと、

もしその分野の知識を深く持つ人がトップに立ったら

もっと今の福祉は進むはずと思っていたそう。

 

今、福祉の社会では少子高齢化・財政の圧迫が進む中、

各地域が主体性を持ち、各地域にとっての最適解を見いだすやり方に変えていくことが、特に医療や介護の分野で必要になっていますhttps://www.m3.com/から引用

との考えがあって、厚生労働省官僚の道ではなく

実際の現場で活動したいという思いがあったために、

厚生労働省を辞められたというのが理由だったようです( ・ᴗ・ )

 

また、

官僚、公務員、というのは、セオリーでは「匿名」の存在だ。
組織の一員、機能であるから、個人の考えや、個人の思いを世に発することはしない、矩を越えない、というのが暗黙のルール。
目立てば、出れば、動かせば、やっかみも買うし、煙たがられる。ご本人のfacebookから引用
 

とも仰っていたので、

もしかしたら 官僚として一個人で出来ることの限界

感じておられたのかもしれませんね。

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たけうち和久(武内和久)はなぜ味噌汁(ミソシラー)になった?

たけうち和久のInstagramを見てみると、

投稿の9割方が味噌汁の写真ばかり!笑

 

味噌汁は「小宇宙」

ミソシラー

 

と名言を作り出してしまうほど味噌汁を愛していらっしゃいます(・。・)

 

一体、なぜ福祉の世界から味噌汁に繋がったのでしょうか??

 

その理由は奥さんと結婚して、娘さんが生まれたからだそう。

 

それまではエリート官僚として超多忙な生活を送ってきて、

人間ではないレベルで走り抜けてきてたたけうち和久さん。

 

家庭ができたことでふと

『あ、人間らしく生きよう』と思ったみたいですね^^

 

現在、毎朝奥さんと娘さんに味噌汁を作っているそうです✨

https://granza.nishinippon.co.jp/から引用

 

その理由は、

「味噌汁は健康にいい、栄養もたっぷり摂れるスーパーフード。野菜も肉も魚もなんでも受け入れる包容力、これはもう小宇宙、リトル・コスモスでしょう…」 https://granza.nishinippon.co.jp/から引用

 

と言っていたので、  結婚して家庭を持ったのと、

健康を考えたことがきっかけで味噌汁にハマって、

ミソシラーと名乗るまでになったんですね( ・ᴗ・ )

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たけうち和久(武内和久)ミソシラーになった理由まとめ

厚生労働省の官僚として20年近くお仕事をされていた

たけうち和久(武内和久)さん。

 

経歴もすごくて超エリートな道を進んでいたのに、

それを辞めて味噌汁の世界にミソシラーとしてハマり込んだって

なかなか激レアさんな方でしたね!

 

現在は、厚生労働省の官僚時代に感じていた歯がゆさをバネに、

ONE・福岡株式会社の代表取締役として福祉の世界で

活躍されていらっしゃる方でもありました( ・ᴗ・ )

 

これからの益々のご活躍をお祈りしております!

 

最後までお付き合い頂きありがとうございました( ´ ▽ ` )